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大阪地方裁判所 昭和57年(行ウ)32号 判決 1984年4月23日

原告

檜垣昭三

右訴訟代理人弁護士

香川公一

被告

淀川労働基準監督署長 黒川三郎

右指定代理人労働事務官

北尾義和

被告

大阪労働者災害補償保険審査官 米澤智

右被告両名指定代理人検事

布村重成

右同訟務専門官

原田宗明

右同労働基準監督官

渡辺盛

右同労働事務官

矢尾晋作

右同

辻本義雄

主文

1  被告大阪労働者災害補償保険審査官が昭和五五年四月二五日原告に対してなした原告の審査請求を棄却する旨の決定を取消す。

2  原告の被告淀川労働基準監督署長に対する請求を棄却する。

3  訴訟費用は、そのうち、原告に生じた費用の三分の一と被告大阪労働者災害補償保険審査官に生じた費用を同被告の負担とし、その余の全部を原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告淀川労働基準監督署長が昭和五三年六月六日原告に対してなした労働者災害補償保険法にもとづく遺族補償費および葬祭料を支給しないとした決定を取消す。

2  主文1項同旨

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告大阪労働者災害補償保険審査官の本案前の申立

1  原告の右被告に対する訴えを却下する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁(被告両名)

1  原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告の実子である訴外檜垣明(以下「亡明」という)は昭和五一年暮、大阪市淀川区所在の訴外株式会社ビュフェとうきょう大阪支店(以下「訴外会社」という)に雇われ、列車内で飲食物等の販売に従事していたところ、昭和五二年一月三日新大阪駅一九時二分発のこだま二九六号に乗務し、同日二三時三六分に東京駅に到着したが、翌四日東京駅六時二八分発のこだま二〇三号に乗務するので仮眠をとるため正規従業員でかつ事実上の引率責任者の本松峰治に引率されて訴外会社の品川高輪寮(以下「本件寮」という)に向かったが、右寮に向かう途中、亡明は、同行していた正規従業員の藤丸紀美子から、同女が公衆電話ボックス(以下「本件電話ボックス」という)内から拾得した瓶入りコカコーラ(以下「本件コーラ」という)を貰い受け、これを本件寮にもちかえり同所で飲用に供し(以下「本件コーラ飲用」という)たところ、右コーラに混入していたシアン化ナトリウムのため昭和五二年一月四日午前七時三六分に死亡した(以下「本件災害」という)。

2  原告は、昭和五二年五月一〇日、被告淀川労働基準監督署長(以下「被告労基署長」という)に対し、亡明は業務上死亡したものである旨主張して労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という)に基づき葬祭料及び遺族補償給付請求をなしたところ、同被告は原告に対し昭和五三年六月六日給付しない旨の決定(以下「原処分」という)をなし同決定書謄本はその頃原告に到達した。そこで原告は右原処分を不服として同年七月一八日被告大阪労働者災害補償保険審査官(以下「被告審査官」という)に対し審査請求をしたが、昭和五五年四月二五日同被告からその請求を棄却する旨の決定(以下「本件決定」という)をうけ同決定書謄本はその頃原告に到達した。さらに、原告は同年六月九日労働保険審査会(以下「審査会」という)に対し再審査請求したが、昭和五六年一二月二五日同審査会は再審査請求を棄却する旨の裁決をなし、昭和五七年一月二八日右裁決書謄本が原告に送達された。

3  しかし、本件災害は、業務遂行中に発生し、次に述べる事由を考慮すれば業務に起因して発生したもので労災保険法にいう「業務上」の災害に該当するものであるから、亡明の死亡を業務外と判定してなした被告労基署長の原処分は、事実を誤認し、法律の適用を誤った違法なものである。

(一) まず、労働基準法(以下「労基法」という)の定める労働者に対する災害(以下「労災」という)の補償制度は労働者の過失の有無を問わず、公平の観念に基づき、使用者に保護義務を課したものであり、また、労災保険法にいう業務上の事由による災害の認定に必要な業務起因性の判断は時代や社会背景、環境を充分考慮してなすべく本件災害が今日のように非常に危険性の高い複雑な社会の中で業務を遂行している過程で発生した点に照らせば特殊なものとしてこれを労災保険による救済の外に置くことは、社会の進展、文化に目を閉じ、結果として責なき被災者に救済の道を断つことになる不当なものである。

(二) 亡明の本件コーラ飲用は同人の業務に随伴する生理的行為であって亡明の死亡は業務に起因して発生したものである。すなわち

(1) 亡明は当時一六才の年少者であり、同人ら車内従業員は長時間にわたり暖房の効いた、しかも乾燥度の非常に高い列車内で商品名を連呼して車内販売業務に従事した結果必然的に喉が渇き飲み物を欲したものでありさらに、亡明は業務中は原則として私的な金銭を所持しておらず、弁当も宛いであった。

(2) 他方、使用者である訴外会社は本件寮に茶、水以外の飲料物を用意せず、いわゆる東京泊りの勤務の場合にも食事等の提供もなく、金品等の所持も制限しており、さらに、マイクロバスを用意する等して亡明ら若年労働者の安全な引率方法を講じておらず、業務に内在した危険性を軽視していたものである。

以上のところに照らせば、本件コーラ飲用は、それが貰い受けたコーラであったとしても業務離脱性、恣意性、故意性ありといえず、本件災害は起こるべくして起こったものというべきであり、その業務起因性は十分である。

4  次に被告審査官の本件決定は次のとおり、その審査手続に重大な瑕疵が存し、違法なものである。すなわち、

(一) 審査請求人である原告は、労働保険審査官及び労働保険審査会法(以下、「労審法」という)一三条の二の規定により審査請求人に付与されている口頭による意見陳述の機会を求める請求(以下「意見陳述権」という)をしたところ、右請求は審査請求人の重要な攻撃防禦方法の一つであり、重大な手続上の権利であるに拘らず、被告審査官は右意見陳述の機会を全く与えることなく、右権利を無視して突然本件決定をなした。

(二) 憲法上の適正手続保障の趣旨に基づき労審法一三条の二の規定は、審査請求人に対し原処分の根拠となった証拠資料等の閲覧請求権(以下「閲覧請求権」という)を付与していると解すべきところ、被告審査官は、原告が原処分の基礎となった証拠資料の閲覧を請求したにもかかわらず、これを許さず無視して本件決定をなした。

5  以上のとおりで、被告労基署長がなした原処分及び被告審査官のなした本件決定は、いずれも違法なものであるから、各取消しを求める。

二  被告審査官の本案前の主張

以下のとおり、被告審査官の決定に対する取消訴訟は許されず、同審査官に対する本件訴えは却下されるべきである。

1  一般に二段階の行政不服審査が認められている場合において、法律で第二段階の不服申立によって第一段階の決定固有の瑕疵を争うことが認められている場合は、第一段階の決定を対象とする取消訴訟は許されず右法律は行政事件訴訟法(以下、「行訴法」という)一条の「他の法律に特別の定めがある場合」に該当するというべきである。けだし、第一段階の決定固有の瑕疵は第二段階の審査の決定において補正或いは治癒されていたならば、右瑕疵を理由として第一段階の決定を取り消すことは無意味であるし、また、そうでなく右瑕疵が第二段階の審査の決定にも同様に残存するのであれば、右瑕疵を理由として右第二段階の審査の決定を対象として争わせるのが適切だからである(最判昭和四四年三月二七日も同趣旨)。

2  ところで、労審法四九条一ないし三項の規定によれば同法は、審査会の審理の構造は原処分を再審判するだけではなく、審査官の決定の当否をも審判の対象とするものと解されるので請求人は審査官の決定手続の固有の瑕疵を審査会に対し再審査請求をすることにより争えると解され、これにより請求人の審査官の決定手続上の権利侵害の救済は十分であり、また、かえって、審査官の決定の取り消しを求める訴えを認めるときは、審査官の決定が取り消されることにより、再審査請求の審理の対象が喪失したり、また、すでになされた当該裁決が無意味に帰したりすることとなり無用の混乱をきたし相当でないのである。

三  前項に対する原告の反論

二段階の行政不服審査手続が採られている場合においても、原告が瑕疵として主張する手続上の両権利はいずれも憲法三一条に由来する適正手続の原則にかかわるものであるから、その権利の性質に照らし、その侵害に対する救済手段は十分保障されねばならず、まず、被告主張のように軽々に第二段の不服審査手続において治癒される余地はなく、また、右第二段の再審査手続で争うだけでは権利救済に欠けることは明らかで、行訴法一〇条二項により被告審査官の決定手続の瑕疵を争うには、審査官を被告としてその決定自体の取消訴訟を提起するほかないのであるから本件訴えは適法である。

四  請求原因に対する認否

請求原因1、2の各事実はすべて認め、同3ないし5は争う。

五  被告らの主張と抗弁

1  (請求原因4に対して)

亡明の死亡は、業務上の災害とは認められないから被告労基署長の原処分には何らの誤認はなく違法でない。すなわち、労災保険法にいう業務上の事由による災害に必要な業務起因性とは業務と災害との間に経験則上ないしは社会通念上予想される相当な因果関係があることであって、これは、業務または業務行為を含めて労働が労働契約の本旨に基づき事業主の支配下でなされることに伴う危険が現実化したものと経験則上認められる場合に肯定されるところ、以下のとおり、本件では業務起因性がない。

(一) まず、請求原因主張どおり本件コーラは藤丸が公衆電話ボックス内に落ちていたものを拾って差し出したものを、亡明が右事情を知りつつ受け取ったもので「事業主が給付した」ものではなく、亡明の右受領行為は、いかなる意味においても亡明の業務あるいは訴外会社の支配管理下において本件寮に赴く行為と関係がある行為あるいはこれらに当然随伴する行為とはいえず亡明の私的行為にすぎない。

(二) つぎに亡明乗務のこだま二九六号内には自由に飲用できる飲用水供給施設があり、また同車内ビュッフェにおいて湯茶が自由に飲用でき、また、到着駅である東京駅、品川駅ホームにも容易に喉をうるおしうる設備(水道蛇口など)があり、さらに本件公衆電話ボックスの約五〇メートル手前及び本件寮の内にもコーラの自動販売機が夫々設置されていたのであるところ、亡明ら一行は右ボックス手前の自動販売機で缶ジュースを買い求めていながら飲用することなく、かえって本件当日は大変寒かったため右ジュース缶を手などを暖めることに供していることにかんがみると、亡明が乗車業務中の喉のかわきによる生理的行為として本件コーラを飲まなければならないような状況に追い込まれていたとはいえず、したがって、この点からも業務に随伴する行為とはいえない。

(三) 却って、本件コーラは、その中に混入した青酸(シアン化ナトリウム)による不特定多数人の殺害を計画した犯人が、誤飲をさそうために、故意に人目にふれ易い本件電話ボックス内に殺害手段として放置しおいたものであり、しかも、かかる態様の犯罪行為は前例もなく、何人といえどもこれを予想しえなかったものであった。したがって、亡明の本件コーラ飲用は、同人が不幸にも右殺害対象の一人となったもので全く偶然の出来事であって、同人の業務それ自体に右のような被害を受ける原因あるいは理由があったとはいえず、本件災害は、結局訴外会社の業務とは何ら関連なく、いわば、亡明の私的行為に不慮の偶然性が重なったものであって、同人の死亡は企業に内在する危険の具体化したものということはできない。

2  (請求原因4(一)に対して)

(一) (労審法一三条の二の不適用)

労審法一三条の二の趣旨は、簡易迅速な職権書面審理方式をとるなかで例外的に口頭審理をすることにより審査請求人に理由の追加、変更を認め、あるいは同人の真意を適確に把握し、更には陳述の矛盾的、不完全な点を適宜釈明するなどして明確にして争点整理を容易ならしめる等し、よりよく実質審理をつくし審査請求人の権利救済を図ることにあると解せられるから、審査請求の理由のないことが審査請求書の記載自体から認められ、しかも、理由の追加、変更がいかになされようとも理由がなく原処分の適法妥当性が覆る余地の全くないことが客観的に明白な場合には、右口頭審理の特段の利点及び必要性もなく同条の適用はないものというべきである。

そして、本件は亡明が死亡に至った前記経緯に鑑みると、同人の死亡はいかなる意味においても業務上の事由によるものということはできないのであるから、口頭による意見陳述の機会を与えても原処分の適法性を覆し得る余地は全くないことが客観的に明白な場合に当り、労審法一三条の二の適用はなく、被告審査官の決定に手続上の瑕疵はない。

(二) (瑕疵の治癒)

審査会の審理は、審査官の審理を続行して原処分の当否を再審理するものであり、労審法四二条により審査会がなす再審査請求人等に対する審理の期日及び場所の通知は、同人らに意見の陳述(同法四五条)をなさしめるためのものであるから審査会の右通知により審査会が口頭による意見陳述の機会を与えなかった瑕疵は補正ないしは治癒されるというべきところ、労働保険審査会長は、再審査請求人である原告に対し昭和五六年七月二日付で右審理及び場所の通知をなしたから、原告主張の意見陳述権不付与の瑕疵は補正ないしは治癒された。

3  (請求原因4(二)について)

審査請求人には審査官に対する審査関係証拠書類の閲覧請求権はない。すなわち、労審法上これを認める規定なく、また、労災保険法の審査請求手続は、大量の事件を迅速に処理する要請があり、争点も比較的定型化してその把握が困難でなく、審査官も原処分庁から独立した公正さの期待できる第三者機関であり、さらに、その決定に対しては、より独立的地位と職権を有する合議機関たる審査会による慎重な再審査請求制度が設けられていることに照らせば、原告主張の閲覧請求権を与えないからといって必ずしも告知聴問の機会付与の原則あるいは適正手続の原則に反するということはできない。

六  抗弁に対する認否

前項事実2はいずれも争う。

第三証拠(略)

理由

第一  請求原因2の事実は、各当事者間に争いがなく、本件記録によれば本件各取消しの訴えは、再審査請求に対する労働保険審査会の裁決を経た後に提起された適法なものであることが明らかである。

第二  被告労基署長のなした原処分の取消しを求める請求について

一1  請求原因1の事実は当事者間に争いない。

2  右当事者間に争いのない事実に、(証拠略)を総合すれば、本件災害の経緯につき次の事実が認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(一) 亡明(当時一六歳)は、高校一年在学中であったが、学校の冬休みを利用して、昭和五一年一二月一七日から昭和五二年一月一〇日までの契約で、訴外会社に学生アルバイトとして勤務し、新大阪駅・東京駅間運行の国鉄新幹線電車に乗務し、土産物等の車内販売に従事していた。

(二) 亡明は、昭和五二年一月三日、訴外本松峰治、同藤丸紀美子、同梁脇絹代、同浜崎正行外二名と共に、新大阪駅一九時二分発こだま二九六号に乗務し、同車内で車内販売に従事した。

亡明ら七名は、右列車が東京駅に同日二三時二二分頃到着後、同駅構内にある訴外会社の営業所において乗務終了の点呼をうけ、また翌四日は六時二八分東京駅発こだま二〇三号に乗務する旨の指示を受ける等した。

(三) 亡明ら七名は、右東京駅での点呼終了後国電に乗り品川駅で下車し、同駅から七〇〇ないし八〇〇メートル、徒歩約一〇ないし一五分の距離にある訴外会社の宿泊施設である本件寮(東京都港区高輪台四丁目二四―三九所在)に徒歩で向い、亡明ら六名(以下「亡明ら」という)は、先行の本松に約五〇メートルおくれて一団となって歩くうちに、途中国道沿いにある自動販売機で缶ジュースを購入し、これを携行して同区高輪四丁目一〇―二六先にある本件電話ボックス前にさしかかったところ、梁脇が右ボックス内に一〇円銅貨をみつけ、藤丸と共に右ボックス内に入り同ボックス内奥左隅に本件コーラびんが一本転って放置されているのを発見した。

(四) そこで藤丸は、本件コーラびんを拾いあげ、その王冠に異常がなく、コーラの分量も普通程度で、逆さにしてもコーラ液がもれ出ることもなかったため本件コーラを未開栓の新品コーラと思い持ち出した。

そして藤丸は、同人の右挙動を看守しつつ待っていた亡明らと共にさらに二五メートル位歩いたところで、同行の亡明らのうち希望者に与えるつもりで誰に向っていうことなく、「これどうお」と呼びかけて本件コーラびんを差し出したところ、亡明が一寸笑って手を差し出したので、同人に右のびんを手渡した。

(五) 亡明は、本件コーラびんを本件寮まで携行し、先着のビュフェとうきょうの職員岡文雄ら六、七名の者が休憩室でビールを飲んでいるところに加わって自らもわずかのビールをのんだ後、食事のために昭和五二年一月四日午前〇時四〇分ころ右寮内の食堂へ赴き、同所で本件コーラを開栓して一口飲んだあと、「このコーラくさっている。」と口走って食堂内の流し台の水道で口すすぎをしたが、その場で倒れた。そして亡明は直ちに救急車により病院に搬入、手当を受けたが、本件コーラに混入していたシアン化ナトリウムのため前同日午前七時三六分死亡するに至った。

二1  ところで、労災保険法に基づく遺族補償費及び葬祭料の保険給付は、労働基準法七九条、八〇条に定める災害補償の事由、すなわち、労働者が業務上死亡した場合になされるものであるところ(労災保険法一二条の八第一項四、五号)、ある災害が業務上と認められるためには業務遂行中に業務に起因して発生したものであることを要する。そして、右の業務遂行中とは労働者が使用者の支配下にあることをいい、業務に起因するとは、それが業務を原因として生じた災害で業務と災害との間に経験則上相当な因果関係が存することをいうと解すべきである。したがって、業務遂行中に発生した災害であっても被災者の私的行為や恣意的行為、業務離脱行為などによって災害を招いた場合には、業務に起因する災害とはいえない。以下これを本件災害につき検討する。

2  まず業務遂行中の点についてみる。

(一) (証拠略)によれば、訴外会社では、新幹線こだま号に乗務する数名中に特に名称を有する責任者は置いていなかったが、亡明が乗務中の班の中では本松が事実上の責任者となっていたもので、訴外会社では、乗務の関係で時に東京で一泊することがあり、その場合、東京駅で点呼を受けた後は勤務時間としては拘束されていないが、東京で一泊する場合で深夜に東京駅に到着し、翌朝も乗務時間が早朝である場合、強制されていたわけではないが、原則として訴外会社が運営・管理する同社指定の仮宿泊所である本件寮に宿泊することになっており、被災前日の亡明の勤務形態は、午後七時過ぎ大阪を出発し、その日は本件寮に仮泊して翌朝大阪へ戻るというもので、右全体として一行程の勤務を構成していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(二) 右事実と前項認定の本件災害に至る経緯事実に基づき考えるに、亡明は、昭和五二年一月三日深夜に東京駅に到着し、東京駅構内での点呼終了後、一単位の労働として構成されている翌日早朝の乗務のために事実上の責任者本松に引率されて宿泊先の本件寮に向かったが、その途中に本件災害の原因である本件コーラびんをもらい受け、同寮内で本件災害にあったものであるから、勤務時間終了後とはいえ、本件災害は、事業主の支配下に起きたもの、すなわち業務遂行中に発生したものというべきである。

3  つぎに業務起因性の点についてみる。

(一) (証拠略)によれば、亡明は前記一行程の勤務中小遣銭程度の金員の所持を許容されており、こだま二九六号には自由に飲用できる飲料水供与設備が存し、本件電話ボックスの約一〇メートル手前の自動販売機では同行の同僚が現にジュースを購入しており、しかもそれをのまずに手を暖めるために供したものであり、また本件寮内にも自由に湯茶が飲用できるようになっており、コーラ自動販売機も設置されていたことが認められ、右認定に反する証拠はなく、東京駅、品川駅ホームに飲用水道施設の存することは公知の事実である。

(二) 右事実と前一項認定の本件死亡に至る経緯事実に基づき考える。

(1) なるほど一般的に業務中に喉の渇きをいやすため飲み物を飲用する行為は原告主張のように生理的行為と言えるけれども、本件においては、まず飲用に供された本件コーラはもともと本件電話ボックス内に転がし放置してあったものであり、亡明は右本件コーラの状況を目前で熟知しながら、同僚の藤丸が拾得して誰に対するともなく差し出したものを任意に受けとったものであるから、到底訴外会社の提供飲食物ということはできず、また、入手態様も通常の方法ではなく、入手対象も栓がなされていたとはいうものの、その前記所在態様、状況に照らし、飲料水としての安全性の外形的保証にかなり欠けるものであったというべく、亡明は未成年者とはいえ、是非弁別能力に欠ける特段の事情も認められないから、以上の本件コーラの安全性の保証のない点は十分予測しえたものというべく、加えて、前記の本件コーラ入手の前の車中及び直前の同寮のジュース購入時、及び本件寮内の飲料水供給施設状況に照らせば、他に本件寮内において、わざわざ本件コーラを飲用に供すべき特段の必要性をうかがわしめる特別の事情も認められない。

(2) また、原告は、本件コーラ飲用が車中業務の必然的結果である喉のかわきをいやすためのものと主張するが前示の本件飲用迄の幾多の飲料水摂取機会の存在と時間の経過に拘らず、その機会を利用していない事実関係によれば右目的は認められず、他にこれを認めるに足る証拠もない。

そうだとすると、亡明の本件コーラ飲用行為は同人の恣意的行為というほかない。

(三) そして、前一項認定の本件死亡に至る経緯事実によれば本件コーラは、計画的殺人犯によってこれを手にとる可能性のある不特定多数人を対象としてこれを無差別に殺害する目的の下に、毒劇物が混入され未開栓の飲料物のように仮装されていたものであると推認することができ、しかも経験則によれば、右態様の犯罪行為自体前例に乏しく何人も容易に予想しえない性質のものというべきであるから、これに前記亡明の業務形態を併せ考えれば、亡明の業務自体に右のような犯罪による被害を受けるべき原因ないし危険性が潜在的にも存するとはいいがたい。

(四) なお、原告はマイクロバスによる引率方法をとらずに業務に内在した危険性を軽視ないし無視した旨主張するが、右手段を講ずれば成程本件災害を事実上避けえたとはいうことができるけれども、前記のとおり、亡明の業務自体に前記犯罪の被害を受けるべき原因、危険性が存したものではなく、本件災害は右業務に関連のない恣意的行為によるものであるから、右マイクロバスによる引率のなかったことはもともと本件災害の業務起因性と関係なく、到底これを基礎づける要因(事情)とはなりえない。

(五) 以上の次第で、前記の認定、判断に反する請求原因における原告の主張はいずれも採用できない。

そうだとすると、結局、亡明の本件災害に至った本件コーラもらい受けに始まる一連の行為は、全体として、同人の本来の業務に含まれないことは勿論、それに通常随伴又は関連する行為ともいえず、亡明の本件災害は、その積極的な恣意的行為と同人の右業務若くは随伴関連行為に起因しない全くの偶然の不幸な犯罪被害とがあいまって生じたものであって、業務に内在する危険が具体化したもの、すなわち、亡明の前記業務と本件災害との間に経験則上ないしは社会通念上の相当因果関係があるとはいえず、業務起因性ありといえない。

4  そうだとすると、亡明の死亡を業務外と判断した原処分には何らの認定、判断の過誤がなく違法なものとはいいがたく、これの取消しを求める原告の被告監督署長に対する本訴請求は理由がない。

第三  被告審査官のなした決定の取消しを求める請求について

一  被告審査官に対する本件訴えの適法性について

1  被告審査官は、労災保険法三五条一項、労審法二条一項、二五条一項は、労災保険法に基づく労基署長のなした原処分に対する不服申立の方法として審査官に対する審査請求手続及び審査会に対する再審査請求手続の二段階の不服申立手続を設けているところ、二段階の行政不服審査が認められている場合に法律で第二段階の不服申立によって第一段階の決定固有の瑕疵を争うことが認められている場合においては、第一段階の決定を対象とする取消訴訟は不適法であるとしてその理由をるる主張するので以下検討する。

(一) 行訴法三条三項は、原処分取消しの訴えとは別に審査請求に対する行政庁の裁決取消しの訴えを抗告訴訟の一類型として定め、同法一〇条二項は原処分取消しの訴えと審査請求に対する裁決取消しの訴えを提起できる場合にはいわゆる原処分主義を採用し、取消し事由の主張の制限がなされており、審査官の決定もまた右の審査請求に対する裁決であることは明らかであるのみならず、労災保険法、労審法には審査官の決定に対する取消しの訴えの禁止を明示する規定はみあたらず、かえって、労災保険法三七条が、同法三五条一項規定の二個の決定のうち、保険給付に関する決定のみに限定することなく同法三五条一項に規定する処分の取消しの訴えについて審査会の裁決前置主義を定めていることに照らせば審査官の決定も同法三七条にいう「処分」に含まれると解しえないでもなく、したがって同条は、その取消しの訴えも禁じているものとはいいがたい。

(二) 本訴において、原告は、原処分の取消しと同時に審査官の決定の取消しをも併せ請求しているところ、審査官の決定が判決によって取消された場合には、審査官は行訴法三三条二項の規定により取消判決の趣旨に従い、改めて審査請求に対し決定しなおさなければならないこととなる。ところで右原処分に対する取消請求の理由のないことが前記第二のとおりであっても、本訴口頭弁論終結時において、原処分の違法でないことが直ちに確定するものでもないのみならず、原処分取消しの請求を棄却した判決が確定し、原処分について違法性のなかったことについて既判力が発生しても、審査官は右の確定判決にはなんらの拘束を受けず、また、労審法五〇条、二一条、四〇条に定める裁決の拘束力も再審査請求を棄却する裁決には生しないと解すべきであるから、審査官は再度の決定において、独自の権限と行政判断に基づいて原処分を取消しうるのであり、審査請求の理由の追加的変更、新事実の発見、法律解釈の変更、行政裁量等により原処分取消しの結論に達する可能性が全くないとは言えない。

(三) つぎに、仮に審査会において審査官の決定手続固有の瑕疵が争えるとしても、審査官の審理手続の瑕疵がその種類の如何を問わず審査会の再審査手続において常に治癒されるとすることは到底いえず、他方治癒されないとすると行訴法の採用する原処分主義(一〇条二項)により、審査会の裁決の取消請求においては、その裁決自体の固有の瑕疵に限り主張が許されるに止まるところ、審査官の決定手続の瑕疵就中、原告主張のような性質の瑕疵は後記のとおり審査官とは別個独立の組織体である審査会に当然に承継され審査会の裁決にそれ固有の瑕疵となるものとは到底いえず、本件のような審査官の決定手続における固有の瑕疵は、審査官の決定自体の取消訴訟を提起させなければこれを是正する方途は存しないものというほかない。そして審査会は審査官とは別個独立の公正さを期待される合議体の機関ではあるが、なお一行政機関であるから、これ限りの救済によっては必ずしも十分適切な救済手段が設けられているとはいいがたく、右取消訴訟が認められないとすれば結局審査官の決定手続固有の瑕疵については司法審査にかからしめる機会を全く欠くことになり、違法な行政処分に対する国民の権利救済に欠ける結果を生ずることとなる。したがって本件の場合において審査官、審査会の二段階の行政不服審査が設けられているが、被告審査官主張の行訴法一条の「特別の定めがある場合」に到底当らず、また摘示の判例も原処分主義をとる行訴法施行前の事案に対するものであって適切でない。

2  以上前項(一)ないし(三)点を総合すれば、被告審査官に対する本件訴えは訴えの利益があるというべく、適法であり、被告審査官の本案前の主張及び申立は理由がない。

二  被告審査官の本件決定に対する取消事由の存否について

1  まず請求原因4(一)の事実のうち原告が被告審査官に対し労審法一三条の二に規定する口頭による意見陳述の機会付与申立てをなしたことは、いずれも成立に争いのない(証拠略)及び弁論の全趣旨によりこれを認め、右認定に反する証拠はない。

これに対し、被告審査官が原告に対し右口頭による意見陳述の機会を付与したと認めるに足りる証拠はない。

2  そこで、請求原因4(一)に対する主張(抗弁)について考える。

(一) 前同(一)(労審法一三条の二の不適用)についてみるに労審法一三条の二が審査請求人に口頭による意見陳述権を付与した趣旨は、原処分に対する不服理由を原処分の直後に、しかも原処分庁に最も近い関係にある審査官に対し、簡易に主張させることにより審査請求人に攻撃防禦を十分に尽させ、実質的に公正な審査請求を受ける権利を保障すると共に、審査官の決定手続を適正ならしめるよう手続的に担保することにあると解され、審査請求人の基本的かつ重要な権利であるというべきところ、例外的に付与しなくてよい場所を定めた規定もなく、限られた場合にせよ審査官に意見陳述の機会の付与の要否の判断を委ねていると解すべき根拠を見出しがたい。

(二) 次に前同(二)についてみるに、前項判示のとおり本件口頭陳述権は審査官の審査手続において、審査請求人に実質的で公正な審査請求をうける権利を簡易な方法で保障し担保するものであるところ、審査会で口頭陳述権が保障されたとしても、審査会における機会は原処分後時間的にもはるかにおくれ、審査会が中央官庁である点に照らせば、原処分の直後に地元官庁であり、しかも審査会とは別個独立の組織である審査官の決定手続において口頭陳述権のもうけられた前記の趣旨、目的は到底代替的にも実現されたとはいえず、右決定手続において審査請求人たる原告が十分な意見を述べる機会を失なったという不利益はぬぐいがたいというべきである。

さらに、仮に審査手続の瑕疵が再審査手続で治癒されるとすれば、審査官の決定手続運用が安易便宜に流れ、極論すれば、最終的な再審査請求で口頭陳述の機会さえ与えれば足りるということに等しくなりかねず、ひいては審査官の決定手続における口頭による意見陳述権を設けた規定は事実上空文化するおそれなしとしない。以上の次第で、再審査手続における口頭陳述権付与により審査官の決定手続における口頭による意見陳述権不付与の瑕疵が補正ないし治癒するものと解すべきでない。

よって、被告審査官の前記抗弁はいずれも理由がない。

3  してみると、被告審査官が審査手続において審査請求人たる原告から口頭による意見陳述の機会付与の申立てを受けたにもかかわらずその機会を与えなかったのは不適法というほかない。

そして、本件口頭による意見陳述権の前記(2(一))の重要性に照らせば、本件決定の手続には重大な瑕疵があるものというほかなく本件決定は取消を免れない。

よって、被告審査官に対し本件決定の取消を求める原告の請求は、その余の主張について判断するまでもなく理由がある。

第四  結論

以上の次第で、原告の被告大阪労働者災害補償保険審査官に対する請求は理由があるからこれを認容し、被告淀川労働基準監督署長に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉本昭一 裁判官 千川原則雄 裁判官 小久保孝雄)

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